やなせななブログ

シンガーソングライター・やなせななのブログです。

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

まけないタオル配布ツアーin宮城・その7

(※その1その2その3その4その5その6のつづき)

気仙沼市・清涼院さまでのコンサートを終えた翌日。
わたしは三部さんの息子さんの車で、栗原市へ向かいました。
同じ宮城県内と言っても、内陸部の北にある栗原までは、2時間くらいかかったと思います。
がれきの山、壊された町、被害にあった田んぼ、デコボコになった道…
今日もまた、信じられない風景を見ながらの道中です。

そうしてやって来たのは、2009年からお世話になっている、通大寺さまです。
090808_1436~020001
(※写真は2009年8月のものです)
昨年10月(※その時のブログはコチラ)以来、約8ヶ月ぶりの再会となります(*^_^*)

3月11日
地震が起きたニュースを聞いたとき
栗原市は震源地で、震度7と伝えられました。
通大寺さまを始め、栗原にはお世話になった人がたくさん住んでいるので、連絡がつくまでは心配でたまらなかった地域の1つです。

その後、メールや電話をいただいて、皆さんのご無事を知ることができました。
また、栗原で仲良くして下さっているお寺さまのご子息のブログ「つらつら日暮し」からも、ずいぶんたくさんの情報を知らせていただきましたね。お元気だと知って、あの時はほんとうに安堵しました。

心配になる人がたくさん住んでいる、ご縁の深い栗原。
今回は、津波の被害を受けた沿岸部から、栗原に避難して来られた方々の避難所を中心に訪問しました。


その前に、まずは通大寺さまで、奥さまと再会。
語り合って、お寺で昼食をいただきます。手作りのいろいろ、本当においしかった~(*^_^*)
つらかったことなど、いろいろ聞かせていただきました。
でも、ずいぶん落ち着かれたようで、ほっとしました。
大きな余震が多く、追い打ちをかけるように被害が広がっているのが本当に心配ですが、これ以上拡大しないことを切に祈ります。

昼食後は、通大寺の金田諦應ご住職と、ご近所の和尚さん、そして地元の市議会議員さんにもご協力をいただいて、避難所にタオルをお届けしました。

まずは、一迫老人福祉センター。
20110630211329a88_convert_20110801053201.jpg
歌うつもりはなかったのですが、アカペラ・音響ナシでも、少し歌ってみると
おばあちゃんがとっても喜んで下さって(*^_^*)
皆さんに座っていただき、「ふるさと」を歌いました。
ほろほろ涙を流す皆さんと出会うと、せつない気持ちでいっぱいになります。

でも、笑顔で記念写真。
20110630211329964_convert_20110801053414.jpg
まけないぞ!


そこから移動して、次は花山福祉会館へ。
20110630211328b37_convert_20110801054717.jpg
やはり「ふるさと」を歌うと、皆さん涙が出るようです。

最後は笑顔で
20110630211327c3e_convert_20110801054610.jpg
まけないぞ!

続いては、花山青少年自然の家へ。
20110630211327e64_convert_20110801055041.jpg
この時は、対面で正座をして、「ふるさと」を歌いました。
舞台もない、地あかりの下です。
普段ならば、ここで歌うのは恥ずかしいと思ってしまう場面かもしれません。
でも、この時は全くそういう気持ちにならず、とにかく必死でした。
マイクを通さないと決して響かない、わたしの小さな声。
でも
なんていうのか
寄り添いたくてたまらなくなって。
ろくにできないってわかっていましたが
無我夢中でした。
ありがとう、と笑顔を見せてもらえると
うれしくてたまりませんでしたよ。


続いては、栗駒伝創館へ。
20110630211326e2c_convert_20110801055642.jpg
響きの良い場所を探して、「ふるさと」を歌います。

2011063021151946c_convert_20110801055722.jpg
まけない。


そしてこの日5ヵ所目。
最終は夜のコンサートです。
場所は金成延年閣。
もともとは保養施設ですが、この時は100名の避難者を受け入れておられました。
20110630211519c89_convert_20110801060143.jpg
実は、アカペラで演歌を2曲も歌ってしまいましたf(^^;)てへへ。

2011063021151895b_convert_20110801060112.jpg
まけないタオルも、もちろん歌いましたよ!

終演後、タオルをお配りしたら
泣きながら、ご家族を津波で失くされたお話をして下さったおばさんがいました。
泣いて泣いて泣いて
くやしくて、かなしくてと繰り返した後
「どうかお祈りしてください」と頼まれたのです。
わたしはへっぽこ尼ですが
「だいじょうぶ。だいじょうぶですよ」
と、思わず右手でおばさんの手を握り、左手で背中をさすっていました。
そうですか、そうですかね
おばさんは泣くのをやめて、わたしに尋ねます。
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。」
毅然と答えているふりをしていましたが
せつなくてせつなくて
ただ祈る想いでした。

その後も、お孫さんと離れ離れになることがさみしい、と語ったおばあちゃんがあったり
昔はハーモニカを吹いていて、「ふるさと」はよく演奏したんだよ、と教えてくれたおばあちゃんがいたり
いろんな人に声をかけていただいて
うれしかったです。

でも
避難している人で、若ければ若いほど
漂っている空気に焦燥が感じらたというのが、正直なところです。
うたとタオルでは、到底解決できない
重い現実を知らされます。

「こんなもん、負けるじゃねえか」
そう言って巻いてみせて、ケケケ、と笑われたとき
「そうですね、負けるときもありますね」
と、わたしは答えました。
でも、返事は求められていなかったようで
嘲笑した若者は、もうどこかそっぽを向いて行ってしまいました。
まけないタオルは
それでも
彼の首に巻かれたままでした。

できれば
捨てられませんように。

いつかまた
彼のじんせいに希望の光が見えたとき
その汗を拭く
タオルになれますように。




短い時間で
いろいろと考えた夜。

打ち上げは、女子会でした(*^_^*)
去年の10月にも飲み会をしたお寺の奥さまと、奥さまのお友達。
コンサートのお手伝いをしてくださったのでした。

3月11日の地震発生のときはどんな状況だったのか
何を思ったのか
これまでどんな日々を送っていたのか
話は尽きず、気がつけば深夜に。

ご家族が見つかっていない人もおられました。
遺体安置所を探して回っても見つからず
絶望的な気持ちのまま、6月を迎えたという彼女。

もうダメだと思うけど
遺体がないと
そうも思えなくて―

いつまでも実感がないのです、とのこと
生きていて欲しいと願い続ける気持ちが
淡々と語っている分、より伝わって来て
哀しみの深さを感じました。


でも
みんなそれでも笑っていて
またね
またねと
手を振って別れました。



翌日は
いよいよ宮城県ツアー最終日です。








こんなところにも参加してみました(*^▽^*)
ポチっとクリックしていただけると、うれしいです。
↓↓↓
にほんブログ村 音楽ブログ シンガーソングライターへ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他日記ブログ 30代 日々のできごとへ
にほんブログ村
関連記事

| 未分類 | 2011-08-01 | comments(-) | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT